Kia Ora キオラ

協同学習、プロジェクト・アドベンチャーを、中心に実践しています。

学校という場所で感じる幸せと葛藤

子どもと過ごす時間の尊さ

学校に勤めていると、子どもたちと同じ時間を過ごせること自体が、本当に幸せだと感じます。子どもの純粋さ、思わず笑ってしまう言葉や行動、時には小さな嘘さえも含めて――それらすべてが、かけがえのない時間です。

もちろん、すべての問題を解決できるわけではありません。保護者と一緒に考えようとしても、誰かが敵にされてしまったり、矢印が教員に向いてしまうこともあります。それでも、逃げずに真正面から受け止める。それは、子どものために大切な姿勢だと思っています。

教職員との関わりの中で

学校には多くの教職員がいて、それぞれが専門性を持つ「プロ」です。しかし、その中で「これは違うのではないか」と感じる瞬間が少なくありません。そんな歯痒さもまた、日常の一部になっています。

学校を去る子どもへ

最終学年の子が学校を辞めます。私が1年生のときに担任した子です。とても愛嬌がありましたが、学習面では言葉の壁もあり、友だちとの関係を自分でうまく築くことが難しかったのかもしれません。

職員室では「あの親は…」「あの子は言葉の理解ができないから…」といった言葉も耳にしました。正直、とても辛かったです。それでも、私はその子が前を向いて次のステップに挑戦することを応援したいと思っています。

学校の本当の役割とは

これからの学校に必要なのは、同じように孤立してしまう子が出ないよう、環境を整えていくことです。学校の役割は「勉強を教える」ことだけではありません。勉強は塾や家庭でもできます。

最も大切なのは「友だちと関わり合うこと」を学ぶことです。学生時代に身につけなければ、大人になってから学ぶことはできません。大人になれば、誰も無条件に受け止めてはくれないからです。

今の教育現場に思うこと

今、教育現場は人手不足で、誰でも教員になれてしまう状況があります。そのためか、自分の学生時代に出会った先生を真似して、同じことを繰り返してしまう教員も多いように感じます。しかし「今はそんな時代ではない」と強く思います。

特に若い教員には、コミュニケーションが苦手だったり、相手の気持ちを受け取ることができなかったりする人も少なくありません。だからこそ、私たち一人ひとりが意識を変え、子どもたちにとって安心できる学校をつくっていく必要があるのだと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

子どもたちにとって、学校は「人と関わる練習の場」であり、「社会への第一歩」です。だからこそ、私たち大人が本気で向き合い、支え続けます。負けないぞ

スポーツの真価と楽しみ方

学校と習い事、どちらも大切だけれど

小学生にとって、学校生活は1年間の大部分を占めます。友だちと過ごし、学び、笑い合う日々は、まさに1,000日以上にも及ぶ「協同生活」の場です。
だからこそ、たとえ大きな大会があっても、そのために学校生活を犠牲にすることは避けたいものです。親としては「子どもが出たいと言うから…」と応援したくなる気持ちもわかりますが、学校という日常の中で活躍し、輝く経験は、子どもにとって何よりの宝物になるのです。

低学年は「一つに絞らない」選択もあり

低学年のうちは、一つのスポーツに全力で取り組むことも素晴らしい経験です。しかし、同時にいろいろなスポーツを体験することも大きな意味があります。
サッカー、野球、水泳、体操…多様な動きを経験することで、将来スポーツを一つに絞ったとき、その幅広い経験が生きてきます。さらに、生涯にわたってスポーツを楽しむ土台にもなります。

勝利至上主義からの脱却を

日本の部活動文化は、いまだに「勝つこと」へのプレッシャーが強い傾向があります。もちろん、真剣勝負は魅力的ですが、それだけがスポーツの価値ではありません。
甲子園を目指す球児たちの努力は本当にすごい。でも同時に「楽しむこと」も忘れずにいてほしいと願います。


まとめ
スポーツは「勝つため」だけでなく、「楽しむため」にあります。学校生活と習い事のバランスをとりながら、子どもたちが毎日を笑顔で過ごせるよう、大人が環境を整えてあげたいですね。

夏休みの“親の宿題”

子どものドリルとノートを見直そう

夏休みといえば、子どもたちには宿題やドリル、自由研究などが山ほどあります。ですが、実は親にも“宿題”があるのをご存じですか?
それは――子どもの学習状況をチェックすることです。

普段、仕事や家事で忙しく、子どものノートやドリルをじっくり見る時間はなかなか取れませんよね。夏休みは、そんな日常の慌ただしさから少し距離を置ける絶好のチャンスです。

子どもは「やってるよ!」と言っても、実際には…ページを飛ばしていたり、形だけ埋めていることも少なくありません。さらに、先生から赤ペンで直されている箇所をそのまま放置してしまっているケースも。これは非常にもったいないことです。


✅ 親の宿題チェックリスト

  1. ページの抜けはないか
    → すべての日付やページ番号を順番に確認。

  2. 訂正がきちんとされているか
    → 赤ペンで直された部分が修正されているか、再度間違えていないかを見る。

  3. 字や計算の丁寧さ
    → 乱雑な書き方になっていないか。雑な字は理解不足のサインかも。

  4. 苦手分野の把握
    → 同じミスを繰り返していないか、特定の分野で時間がかかっていないかを確認。

  5. 学習ペースの管理
    → 夏休み後半に宿題が一気に残らないよう、日ごとの進み具合を見ておく。


この“親の宿題”をやることで、子どもの学習の抜けや苦手分野が早めにわかります。結果として、2学期以降の学習の土台をしっかり作ることができるのです。

夏休みの終わりは、ただ宿題を提出させるだけでなく、親子で一緒に見直す時間をつくってあげましょう。それが、長い目で見て子どもにとっての一番のサポートになります。


なぜ「自学学習」から「自学図鑑ノート」に変えたのか

これまで家庭学習の一環として取り組んできた「自学学習」では、子どもたちが自分でテーマを選び、ノートに調べたことや計算練習、漢字練習などを記録してきました。
しかし、この方法では次のような課題がありました。

  • テーマが続かない
    く一回限りの学習になってしまうことが多い。

  • 成果物が見えにくい
    一冊のノートにバラバラに記録するため、振り返っても学びの足跡が分かりづらい。

  • モチベーションの差
    「やらされ感」で取り組む子もおり、意欲にばらつきがあった。


そこで、テーマをひとつに絞って調べ、まとめる「自学図鑑ノート」へと移行しました。

この方法に変えたことで、

  • 完成形(作品)がはっきりして達成感がある

  • 途中経過も見えるため、継続しやすい

  • 友だち同士で見せ合い、刺激し合える

  • 自分の得意な表現(絵・写真・文章など)が生かせる
    といった効果が出ています。


自学図鑑ノートのやり方 〜総合の時間で広がる学び〜


1. 「自学図鑑ノート」とは

「自学図鑑ノート」は、自分が興味をもったテーマを深掘りし、写真やイラスト、文章でまとめていく活動です。
総合的な学習の時間に行うことで、調べ学習だけでなく、自分なりの視点や表現力も育まれます。


2. 導入の流れ

今年度は次のような流れで取り組みました。

  1. 森川先生のYouTube動画を視聴
    子どもたちが取り組み方や完成形のイメージを持てるよう、森川先生の実践動画を一緒に鑑賞します。
    見ながら「どうやって作るのかな?」「どこが面白い?」など感想をシェア。

  2. 先輩たちの作品を見せる
    前年度の先輩たちが作った図鑑ノートを実物で見せます。
    「こんなテーマもあるんだ!」と発想が広がり、やる気アップにつながります。

  3. 一緒に作ってみる
    まずは教師と一緒に、簡単なテーマでミニ版を作成。手順やレイアウトのコツを実体験で覚えます。


3. 実施時間の目安

総合の時間で 合計6時間程度 を確保。

  • 導入(動画視聴・作品紹介)…1時間

  • テーマ決定・情報集め…2時間

  • まとめ作業…2時間

  • 発表・共有…1時間


4. 学習困難を抱える児童への工夫

ディスレクシアの疑いがある児童には、

  • iPadで写真を撮る

  • その写真を見ながら詳しく説明してもらう
    という形で支援します。
    文字だけでなく、写真や口頭での説明を重視することで、理解や表現の幅が広がります。

教員の私の夏の過ごし方

夏休みの過ごし方メモ

  • 毎日TO DOリストをつけること。
     → 1日があっという間に終わってしまうから。

  • 子どもの夏休みの宿題に「1日1日記」がある。
     → 振り返ることの大切さを実感。


そこで、「読書」に取り組む

  • 昔はあまり本を読まなかったので、今こそ名著と呼ばれる本にチャレンジしたい。

  • 読みやすい本屋大賞受賞作などから始める。

  • 興味のある分野や、これからチャレンジしたい分野の本も読みたい。

  • 今話題の作家やタイトルを選ぶのも良い。


今年読みたい本

  • 成瀬は天下を取りに行く

  • 哲学関連の本や、教育哲学者「とまのいっとく」さんの著作

  • ルーブリックに関する本にもチャレンジ予定


なぜ夏休みは本が読めるのか?

→ 時間にゆとりがあり、自分のペースで学びに向き合えるから。
→ 普段の忙しさでは見過ごしてしまう「内省」の時間が持てる。

これこそが協同学習の哲学

「学校は、そもそも何をするところだろう?」

ふと、そんな問いが頭に浮かびました。
今や、勉強はインターネットや優れたドリル、AIを使えば、家でもどこでも自分のペースでできる時代です。タブレットが子ども一人ひとりに最適な学習方法を提案してくれる。そういう時代に、なぜ子どもたちは毎日、学校という場に足を運ぶのでしょうか。

哲学者・苫野一徳先生は「教育とは、自由の相互承認である」と語っています。

この言葉に深く共感しました。そして、協同学習で言うところの「互恵関係」こそが、子どもたちが学校で学びに来ている本質なのではないかと感じています。

家ではできない学びが、学校にはあります。
あえて「みんなで学ぶ」ことの意味。
話し合い、意見を出し合い、自分の考えを言語化し、他人の考えを受け止める。

それは一見、効率の悪い学び方のように思えるかもしれません。
でも、だからこそ大切な学びが、そこにはあります。

自分の意見と違う考えに出会うこと。
同じような考えに共感すること。
一人では見つけられなかった答えに、仲間と一緒にたどり着くこと。

学校は、そうした「一人ではできない学びを、みんなで経験する場所」なのだと思います。

それは、実は社会の在り方そのものではないでしょうか。
人は他者とともに生き、学び、成長していく。
だからこそ、協同学習の哲学は、現代においてますます重要な価値を持つと感じています。